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お坊様が残した不思議
高尾パークボランティア会会員
川副秀樹
神聖な山には、偉いお坊さまや修験者が起こした奇跡の伝承が残っているものです。高尾山も例外ではなく、中でも弘法大師にまつわるお話がいくつかあります。その一つは、6号路を登ってすぐ右に見える「岩屋大師」です。お大師様が暴風雨の中を下山していますと、病に倒れて難儀している母子と遭遇しました。そこで、二人のために祈ると岩壁が崩れて洞穴ができ、母子はその中で難を逃れたということです。

平成13年に伐採した大杉の幹の中に埋もれていた「めざめ石」。これは今から二百年ほど前に、足袋屋清八が建てた道標だったのです。まさに現代に甦った不思議ですね。「これより琵琶の滝道」と書いてあり、今は接待所の脇にあります。
また薬王院の接待所の下方に都の天然記念物に指定されている「飯盛杉」(めしもりすぎ)とよばれる大杉があります。この大木もお大師様が食事をされた後、地面に突き刺した箸(杓子とも)が芽吹いたものだといわれています。他にも、琵琶滝で水に打たれていますと、隣にお大師様が現れて一緒に修行されるお姿が見えるなどのお話があります。このような伝説は、「弘法伝説」「回国伝説」などといわれて全国に残されています。
しかし実際には高尾山に弘法大師が訪れたことはなかったのではないかといわれています。ですからこれは「いつか偉いお坊さまが自分達の土地に立ち寄り、人々を助けてくれるのではないか」と願う庶民の切実な思いが作りだした話ともいえます。憧れの人物がこの地を訪れたのだと自慢したい気持ちもあったのでしょう。
関東には、お坊さま以外にもヤマトタケル、坂上田村麻呂、平将門、源頼朝などの勇士が起こした奇跡談も多く残されています。高尾山に係わりの深い歴史上の人物としては戦国武将・北条氏照、江戸末期の宗教家・足袋屋(たびや)清八、幕末の名代官・江川太郎左衛門などの名が挙げられます。
高尾山の滝伝説
高尾パークボランティア会会員
川副秀樹
高尾山には滝が三つあります。6号路の「琵琶滝」には昔、鳴鹿とよばれる洞穴があり、白髪の老師が鹿に囲まれながら奏でる琵琶の調べがそのまま滝になったという伝説があります。ですからこの滝で一心に修行すると滝の落ちる音が琵琶の音に聞こえてくるのだそうです。神仏が老翁の姿となって現れるお話はよくあります。高尾山の本尊と同じ飯縄の神の場合には、信州飯綱山や神奈川県の座間神社などにも伝わっています。6号路入口に架かる「妙音橋」も琵琶の音にちなんだ名ですね。

蛇滝の近くには珍しい飯綱大権現の野仏があります。ぜひ探してみてください。
裏高尾の「蛇滝」には蛇伝説があります。お山の偉いお坊さまが山中で霊場を探し歩いていた時、捕らわれた白蛇を助けました。そのお礼にと白蛇がこの滝までお坊さまを案内したのだといいます。このお話には他に「絶壁をよじ登った白蛇がそのまま滝と化した」「白蛇が龍と化し、雨を呼んで滝を現出させた」などというパターンがあります。ここのお堂には龍王の娘である青龍権現が祀られています。父の龍王は四天王門の近くに祀られています。また、蛇滝のすぐ近くには珍しい飯縄大権現の石像があります。ぼんやり歩いていると見過ごしてしまいそうですが、私はこの野仏がとても好きです。
ケーブルカーの駅前広場には「清滝」があり、水源は「琵琶滝」から引かれていますが、よく観察すると滝の上にはちゃんと修験者の守り神である不動明王の石仏があります。
じつは高尾山には他にも滝がありました。1号路を登り最初に大きく曲がる場所にあった「布流滝(ふるたき)」です。水行施設もあったようでケーブルカーが開通した昭和初期の絵はがきにも描かれていますが、その後崩壊して現在はコンクリートで固められています。「布流滝」とはとても美しい名ですが、じつは「布」のつく池、川、滝にはたいていそこに身を投げた乙女の悲話があるのです。しかしこの滝の場合は「古滝」とも書かれていましたのでロマンとはあまり縁がないかも知れませんね。
もう一つ、幻の滝があったという噂もあります。
琵琶滝の上方には「弁天丸」とよばれた高台があり、大雨の後にはそのあたりから滝の音が遠くまで鳴り響いていたそうです。しかし実際に見た人はいません。
高尾山の霊獣伝説
高尾パークボランティア会会員
川副秀樹
高尾山にはいろいろな動物が祀られています。これらの動物は霊獣といわれ、神様のお使いまたは神様そのものです。まず6号路脇に琵琶滝不動堂がありますが、ここの羽目板にはライオンに乗った文珠菩薩と、行場側でちょっと見にくいのですが象に乗った普賢菩薩の像があります。本来この二菩薩は釈迦如来をお助けする脇侍(きょうじ)なのですが、お堂のご本尊は不動明王です。文珠菩薩の右後方には狸がいます。これは浅草寺伝法院裏、鎮護堂の祭神と同じ「火伏(ひぶせ)」の狸神なのでしょうか。
つぎは狐です。じつは高尾山のご本尊と狐は切っても切れない仲で、飯縄大権現は必ず白狐に乗っているお姿をしています。この神様のルーツは権現堂脇にある福徳稲荷社の祭神ダキニ天ともいわれています。ダキニ天という女神は豊川稲荷の祭神として有名で、やはり白狐に乗っているのです。また、権現堂正面上に宝珠の玉を頭上に戴いた狐と倉の鍵をくわえた狐がいます。

鍵をくわえた白狐。権現堂正面上。右には宝珠を頭に載せた白狐がいます。
この玉と鍵は両国の花火屋の屋号になっているほどで、それぞれの主人がお稲荷様を篤(あつ)く信仰していた所以(ゆえん)です。権現堂の立派な彫刻には他にも龍、鳳凰、獅子、馬、亀、鳥類など様々な動物が彫られていますのでぜひご覧になってください。
また、境内のあちらこちらには神社でも見られる狛犬が奉納されています。これは高尾山が修験の山で、薬王院が神仏習合のお寺であるからです。薬王院に限らず、日本の神社仏閣の中にこれほどいろいろな動物が見られるということは、昔の人が人知の及ばぬ自然の力や動物の超能力を畏(おそ)れ敬(うやま)っていたことの証(あかし)なのですね。
高尾の変わり七福神
高尾パークボランティア会会員
川副秀樹
6号路の手前には七福神が勢揃いしていますが、高尾山中で個別に祀られているメンバーは四天王門の「多聞天(たもんてん)=毘沙門天(びしゃもんてん)」、大本坊奥の洞窟に「弁財天(べんざいてん)」、権現堂横に「大黒天(だいこくてん)」「恵比寿神(えびすじん)」の四神だけです。

大黒天像。初甲子には茶飯をはじめ、多くの供物が供えられる。
多聞天(毘沙門天)の妃は吉祥天だといわれます。この女神も七福神に加えられることがありますが、弁財天にヤキモチを焼かれて宝船に乗らない場合が多いようです。その弁財天にぞっこんなのが龍一族です。日本人は龍=蛇と考えていましたから、蛇は弁財天と一緒に祀られます。その蛇を大敵としているのが大黒天
=大国主命(おおくにぬしのみこと)のお使いである鼠です。鼠との縁は、窮地の大国主命を二十日鼠が助けたという神話が始まりです。大黒天はインド出身ですが、大国主命と文字の読み方や袋を背負う姿などの共通点から、同じ神様と見られるようになりました。
まさか蛇が恐いわけではないでしょうが、高尾山の大黒天脇に鼠はいません。代わりに恵比須神がいます。ごく小さな線彫像で判別しにくく、私も先輩に教えていただくまで気付きませんでした。
この神はイザナギ、イザナミ尊が最初に産んだ水蛭子(ひるこ)のことだともいわれ、葦舟に乗せられて海に流されてしまいます。よく大黒様と一緒に商売繁盛の神様として祀られています。これは、大国主命が国を治めようと奮闘していた時にそれを助けた小さな神、少名彦名命(すくなびこなのみこと)が海の彼方からやってきたところから、海に流された恵比須様と同じ神と思われるようになったからです。
ともかく七福神とは、上記四福神の他に中国出身の三神を加えた神々のことですが、彼等をいささか強引に宝船に押し込んでしまった、いかにも日本人好みの庶民信仰です。私たちのボランティア会では独断で選ばせていただいた高尾の福神様達を加え「高尾の変わり七福神巡り」という歴史探訪の教室を企画しています
ふしぎなさま天狗さま
高尾パークボランティア会会員
川副秀樹
高尾山の天狗は山の守護神と言われていますが、第二次世界大戦前後まで度々いたずらをしたり不心得者に罰をくだしたりしていたそうです。薬王院のすぐ下の谷で天狗倒し(深夜に大木が倒れる音がするが翌朝調べても何事もない)の恐ろしい音をお坊様が聞いたとか、「天狗なんかいるものか」などと言う者に天狗つぶて(大風とともに小石やヤニが降ってくる)を浴びせたそうです。反面、親孝行の息子のために温泉を出したという話も残っています。

天狗社
天狗は河童や鬼などと共に民話などに登場する人気者ですが、じつは他の妖怪達が及びもしない決定的なステータスを持っているのです。もともとの天狗は人知の及ばぬ自然現象だったり猛禽類(トビやノスリ)だったり、特に仏教に敵対する妖怪でした。ところが平安時代末頃から権力争いに敗れて亡くなった皇族や高僧の無念が「怨霊」と化し、次々と天狗になったのです。天狗社つまり天狗は大変高貴な血筋を引いているわけです。
ですからエリート意識も高く、人に剣術や呪術などを教えることが好きなうえ、わざわざ人をさらっては遠く離れた都や異界を見せたりもしています。
江戸時代には火事は天狗が起こすと信じられ、今でも火難の神と言われるのはその名残です。よく山伏(やまぶし)の恰好をしているのは、深山で修行を積み超能力を身につけた修験者のイメージが重なったからです。
このことから次第に不浄を嫌う山の守り神となりました。ですから高尾山など修験の山には必ず天狗が祀(まつ)られています。山のマナーを守らない人には、昔のままに厳しくあって欲しいですね。
蛸杉と杉の木のふしぎ
高尾パークボランティア会会員
川副秀樹
高尾山には飯盛杉、天狗腰掛杉、江川杉など、名のある杉が多くあります。なかでも親しまれているのが1号路にある「蛸杉」でしょう。この杉にまつわる伝説をざっとお話しますと・・・
室町時代の足利義満が将軍だった頃、りっぱなお坊さまが京の都から来られるということで、お山の天狗たちは大慌てで参道を整備しました。ところが大きく根を張った杉の木が邪魔をしているので彼らは「明日はこの木を切ってしまおう」と話をまとめて引きあげます。「それはたまらん」と杉の木は夜のうちに自らの根をくるくると蛸の足のように巻いてしまった。という次第です。このお坊さまとは薬王院を立派に再興された俊源大徳のことと伝えられていますが、これは今から630年ほど昔のお話です。

八王子市の天然記念物

蛸杉の下では、11月に某水産会社が「蛸供養」をとりおこなっています。日本人の古くて新しい民間信仰の一つのかたちですね。(写真提供 : 横山一夫)
ところで、高尾山の杉の樹齢ははっきりしませんが、一説には最も古い飯盛杉でも500歳前後といわれていますので、推定450歳の蛸杉はその頃には影も形もなかったことになってしまいます。もちろん伝説=史実ではありませんから理屈をこねてもしかたありません。
それではなぜ伝説になったかと申しますと、蛸杉は上の写真のとおり不思議な形をした大木だからです。自然をおそれ崇拝していた昔の人は、特に変わった樹形の大木には神が降りやすい(ご神木)、さらに神様そのものと思っていました。この蛸杉はご神木にふさわしいからこそ伝説を生み、霊験あらたかだという伝承が生まれたのです。
登りと下りの二回お参りすると、さらによいともいわれています。最近も「開運蛸杉」の石碑が奉納されたほどですから、蛸杉の人気は一向に衰えません。
かわぞえ ひでき プロフィール / 民間信仰研究をライフワークとし、高尾山でのボランティア活動を通して飯綱神伝承の魅力を知る。著書に「スキャンダラスな神々」(龍鳳書房)、「雑学ご先祖さまの知恵袋」(黒鉄ヒロシ監修/宝島社)
ホームページ : http://www.zoeji.com

