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高尾山薬王院

高尾山薬王院

亨保14年(1729)建立された 高尾山のシンボルです。

東京都有形文化財
高尾山薬王院 飯縄権現堂

清飯縄権現堂は、東京都における江戸後期の代表的な建築文化財として高く評価され、昭和27年に東京都の有形文化財の指定を受けました。
飯縄権現堂は、拝殿、幣殿、本殿の三殿が一体となった権現造りです。拝殿とは、参拝者が拝礼をする場所。幣殿とは、お供え物をするための場所。本殿は、御本尊をお祀りしてある場所です。そして本殿には、御本尊飯縄大権現が安置されています。
本殿は亨保14年(1729)に建立。拝殿・幣殿は宝暦3年(1753)に再建、さらに文化2年(1805)に大改修。戦後は、昭和40年と平成10年に大修理されました。

また、飯縄権現堂は、朱、青、緑など色鮮やかな、豪華絢爛な建築彫刻が目をひきます。さらに、飯縄権現堂の両脇には、大天狗、小天狗の像があります。
拝殿正面には、第三十二世大山隆玄貫首揮毫の「飯縄大権現」の額が掲げられています。

東京都天然記念物
高尾山 杉並木

薬王院の表参道である1号路。薬王院の少し手前に杉苗奉納者の名前を書いたたくさんの札が並んでいます。このあたりには東京都の天然記念物に指定されている、杉の大木が林立しています。樹齢500年とも700年ともいわれ、直径は4〜5m。樹高は高いもので約45mあるといいわれています。
その大杉の中にしめ縄を締めた「天狗の腰掛け杉」があります。高尾山の精霊とでもいうべき存在である天狗さまは、その大杉の高みの枝に腰掛けて、高尾山を登り、薬王院に参詣する人々を見守って来たと言われています。

四天王門「四天王像」

持国天(じこくてん)

増長天(ぞうちょうてん)

広目天(こうもくてん)

多聞天(たもんてん)


薬王院の杉並木を抜けると、どっしりとした重厚な四天王門が現れます。高尾山薬王院の四天王門は、三間一戸の八脚門。江戸時代に建立された山門と同様の形式で昭和59年に再建されました。門内には、持国天、増長天、広目天、多聞天の四天王像が安置されています。四天王とは、須弥山(しゅみせん=仏教で世界の中心にそびえ立つ高山)に住む帝釈天の輩下として、山の中腹で四方を守護する神といわれています。それぞれ甲冑をつけ、忿怒の形相をしており、手にいろいろな武器を持っています。

持国天は東を守護し、手に独鈷を執り彩色は青です。
増長天は南を守護し、手に剣を持ち彩色は赤です。
広目天は西を守護し、軸と筆を持ち彩色は白です。
多聞天は北を守護し、毘沙門天と同一です。右手に槍を持ち、左手に宝塔を載せています。彩色は黒です。

四方をそれぞれ四季に当て、春=青、夏=赤、秋=白、冬=黒に配しています。
この秋、高尾山を訪ねたら、ぜひ薬王院の四天王像と対面してみてください。

豪華絢爛な建築彫刻

関東地方でも妙義山の妙義神社などとともに、江戸時代後期の社殿建築として知られ、昭和27年に東京都の有形文化財に指定された、高尾山薬王院の飯縄権現堂。その豪華絢爛な建築彫刻が目を引きます。その建築彫刻は、彫刻師初代石原常八をはじめとする上州花輪(現群馬県勢多郡東村花輪)の彫工の手によるものです。
その題材も、「龍虎」「松に鷹」「雲に鶴」「菊水」「牡丹」「亀」「仙人」「獅子」「獏」…と多彩。特に彫り抜き「龍」の蝦虹梁(えびこうりょう)などは、とても見事です。

また、明治34年に建立された大本堂には、東京本所の彫刻師二代小松重次朗光重による彫刻があります。正面に見える目抜き龍や左右の龍は、迫力に満ちた作品で、名工の片鱗を見せています。
高尾山を訪れたら、ぜひ薬王院の彫刻を鑑賞してみてください。

苗木の奉納

遠い昔より高尾山にお参りされる方々は、自分の願いが成就した時に感謝とお礼を込めて苗木を奉納する習慣がありました。
今も薬王院の表参道大杉原には、杉苗奉納者のご芳名が、板塀のように並んでいます。この奉納は、現在では実際に杉苗が奉納されているわけではありません。
高尾山では「殺生禁断」を第一義に、草木を切ることを厳しく戒めてきました。杉苗の奉納には高尾山がこれからも緑豊な山であり続けることを願う気持ちが込められているのです。